俺様のブログ

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i 読 村上小説 一応

発売だと今日知った。テレビを見ないからどのくらいメディアが持ち上げているのかは知らない。
俺様はこのジジイの風の歌を聴けとか、盲柳と眠る女っていう短篇集(ピンク色の装丁が綺麗な本)とかが好きだ。
このジジイはカフカとかアフターダークの頃からなんだか理屈ジジイになったように感じる。最初から理屈ジジイかもしれないが。
ま、このジジイが理屈ジジイになったとしても一応読むんだけどな。かつて風の歌を聴けを著した作家であるから、ただそれだけだ。
おいらは最近アゴタ・クリストフが好きだ。数ヶ月前「昨日」っていう小説を読んだ。本当の小説家だ。
村上は本当の小説家ではないと私は思う。本当の小説家は、痛みが文章から滲む。そしてワガハイの内奥にある何かと共振する。
村上は心をえぐらない。ただ理性で楽しめる。村上の声はキメエ。

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今週1週間のこと

「空にケムトレイル」
見上げると高い青白い空に煙のような飛行機雲が遠くまで消えずに貫いていた。
「バリウムが降ってくる」、私は呼吸に慎重になったが馬鹿げていると思ってやめた。風が巨大な筒の中で轟音を響かせているみたいだ。
「地球温暖化なんて嘘だね、こんなに寒いのに」
「いや、日本の東京はたまたま寒いだけで世界の平均気温は上がっているのかもしれない」
地球儀をサーモグラフィで見た映像が頭に浮かぶ。
ああ、面倒くさい。粗探しの思考。

1月の終わりにFXを始めた。種は70万。1週間で30万儲かり100万円になった。
「こんなに簡単に稼げるんだ、働くことが馬鹿らしい。」
「そんな風にお金を稼いで満足かい?それは正しいお金の稼ぎ方じゃないよ。お金っていうのは汗水流して働いて稼ぐものだよ」音声が浮かぶ。
「何故資本主義システムにおける最下層の人間がつらい思いをしてお金を稼いでいるからといって、何故一般にもその考えを強いるのだね?奴隷のように働いて少ない小銭を稼いでいる人がいる。一方でお金をコンピュータ上でクーラーの効いた部屋で操作して稼いでいる人がいる。私はこの資本主義システムが悪いのだと思う。だから私はこんなシステムに飲み込まれるのはゴメンだ。つらい思いをして少ないお金を稼いでいる人のことはどうでもいい。そんな弱い多くの人の土台の上に成り立つシステムそのものを憎む私はつらい思いをしてお金なんて稼がない。私はiPhoneでパソコンでクリック、タップするだけ、ただそれだけでお金を儲けることについて何の良心の呵責も感じない。これは国際銀行家に対する反抗だ。いや反抗にもなっていない。私はただ、彼らの施策に加担したくないだけさ」

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今日嫌なことあった

前を行く中年女のブーツの踵の部分がアスファルトを叩く音が邪魔だ。青信号になったと同時にどこからともなく湧いてでた自転車や人間たちの群れが一斉に路地に吸い込まれてゆく。私はそれらを先に行かせた。その群れの中のひとりが紫の合成繊維の光沢のあるコートを着た中年女だ。
私は自分の眼差しで彼女を貫いた。そして数メートルの感覚を開けて彼女の後を歩く。彼女の後ろを歩きたいわけではない。むしろ早くどこかへ去って欲しい。しかし私の帰路と女の行く道がたまたま同じなのだから仕様がない。
「ストーカーってどういう条件で成立する犯罪なのですか?」
音声が浮遊する。そして一定間隔を開けて女の後ろをついてゆく私はなんだか自分が犯罪者のように思えてきた。そして彼女の頭を再び眼差しで射た。曲がり角を曲がってすぐにちらと女はこちらの方を振り返った。わたしは自分が常軌を逸した眼差しを発していると思った。
「殺してやるからな」
再びの曲がり角で女は足を止めた。私はビクッとした。女は振り返った。私も歩みを止めた。そして相手が私のことを不審に思っているだろうと思った。私は狼狽した。私は少し混乱した。ある一瞬女と私の間に殺気が漂った。そして女は後ろ向きに、私の後ろの方へ引き返していった。私は道の端にある電柱と民家の間を通った。女は私を避けるように道の端を通ってすれ違った。それも私と女は電柱を隔ててすれ違った。女は崩れた表情をしていた。
頭のなかでは物騒な妄想が広がって、それが女と私の間に妙な雰囲気を作った。
頭のなかでの言葉は彼女に伝わった。口に出さなくても伝わった。彼女は怖がっただろう。私も怖かった。
また確認、確認。

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mixiに書いた日記

灯油家族   全体に公開
2013年01月13日01:14
1年前の年末に実家に行った。帰ったとは言わない。私にとってここはホームという感じがしないからだ。だから実家というのも親が住んでいる家、という意味で使った。私の物理的なホームは自分が一人で住む東京の一室である。その年末の訪問はそんな気持ちを一層強めた。
呼び鈴を鳴らすと母親が出た。玄関には灯油の入った赤いタンクが置いてあって、匂いが鼻を突いた。少し嫌な気持ちがした。リビングに入ると灯油の微かな匂いが熱気と共にあったが、しばらくしたら慣れてしまった。
私が帰らぬ間にこの家は変わったと思った。あらゆる家具が新しくなっている。炊飯器もテレビも冷蔵庫もドライヤーも。それと、なんだか妙な感じがした。別の部屋に行こうとすると母親が私を制した。面倒で、かつ母親に諦めていた私はその部屋に入るのをやめ、リビングに戻った。この家は変わってしまっていて、母親は私に何か隠していることがあると思った。一体何を考えているのだろう。苛立ちと諦め、それだけが私の中を占めていた。
「食べていきな」母は言った。
「いや、いい」、という私の返答にもかかわらず煮物をテーブルに出してきた。
「味見してみて」
「さっき食べたばかりだから」と空腹な私は言った。
なんで味見などさせるのか。私は母親が毒を盛ったのではないかと疑って恐ろしくなった。
私は母親でさえ信用出来ないということに気づいた。いや、あるいは母親は信用出来ないだけなのかもしれないけれど。
そして自分の住む家に帰る間、揮発油である灯油がわたしの骨を溶かしやしないかという疑念を晴らすために私にとっては珍しい頭痛を抱えながらiPhoneを弄っていた。そしてまたその頭痛が灯油が私を溶かしているという疑念をいっそう強いものにしたのだった。
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mixiの強迫性障害のトピックに投稿したひとりごと

[338]2013年01月25日 23:32

オレは何回も手を洗うとかはしない。そういう症状はない。寝る前に部屋のあらゆる所をだれもいないか何度も確認してしまうけれど、それは寝る前だけだ。
オレは自分に起きたあらゆることに対して実感が持てなくて、不安だ。
例えば人にぶつかったかどうかがわからない、いや、正確に言うと実感が持てない。だから不安になる。人の多い電車はだから辛い。

[339]2013年01月25日 23:36

だが精神科に行けば更に事態は悪くなるだろう。脳という複雑な機構に作用する薬を服用すれば、不可逆な声質を持つ脳という器官は今の状況とは異なったまた別の悪い状態に遷移するだけにすぎないだろう。そして2度と元には戻らない。

[340]2013年01月25日 23:42

精神科という場所は患者を治すことはできない。あそこはカラッポの人間を作り出すだけの場所だ。悪い場所だ。
そしてそこで働いている人にも罪の意識は無く、人を助けているという満足感をもって働いているだろう。彼らは何も考えずに医学部の教科書に書いてある事柄を受け入れて勉強してきた人たちだ。だから文句を彼らに言ってもだめだ。重要なのは彼ら一人一人が気づくことだ。ぶち殺してやる。

[341]2013年01月25日 23:53

今朝起きるとパジャマのボタンが全て外れているのに気がついた。寝相が悪くて外れることはない。これは外そうとして外さなければ外れない。寝ている間に誰かが俺のボタンを全部外した可能性もある。一人暮らしで家には他に誰も居ないはずだけれど。家の何処かに誰かがいるのかもしれない。自分で外した可能性も無いとは言い切れないが、誰かが私の寝ている間に私のパジャマのボタンを外した可能性も同様にないとは言い切れない。私は後者のほうの可能性に対して恐怖している。だから今日は一日憂鬱だった。なんだか昨日までの自分が懐かしく思えた。
ベランダから入ったのだろうか。しかしベランダは鍵がかかっている。玄関も鍵がかかっている。
よく政治家が自殺するというニュースがあるが、あの中の幾らかは暗殺されているらしい。暗殺するための私の知らない技術が、知られずに部屋の中に侵入する方法等があるのかもしれない。
ありえないことではない。私にとっては自分で外したという仮説は数多くある仮説の中の一つでしか無くて、それ以外の多くの可能性が真実であるかもしれない。
だけど私には確認するすべがない。今日は寝る前の部屋の確認にいつもより時間がかかって疲弊するだけだろう。
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何故強迫性障害のトピックに投稿したか。強迫性障害に当てはまる症状がいくつかあったので。私は病院に行かないので自分が何病か医者の口からは聞くことはない。1度だけ精神科とはどのような場所かという好奇心で行ってみたけれど、そこでは統合失調性の強迫神経症と言われた。なんて狡い診断だ。診断に自信がないからってそんなに盛り込んでどうするのだ。浅はかだと思った。統合失調性と彼が言ったのは私が一般的に言えば妄想だと判断されるようなことを喋ったからだ。このエピソードを言ったらバカ医者は統合失調症って言うだろうなという予想がはなからあった。いやそもそも彼は悪くない。精神病の診断とはお話をしてそれだけで診断を下すという心許ないものだということがわかった。西洋医学のクセに何の科学的裏付けがない。数値とかパラメータの裏付けでやってきたのではなかったのか。ちなみに自分は統合失調症ではないと確信している。というかそもそも統合失調症という病気は精神科が創りだしたものだと思っている。こんなことを言ったらまた、妄想だ、とかいう輩がいるだろうと予想しながらこの文章を書いている。
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1年と少し

「タワシ君に好かれてますよ、課長。タワシ君があんな行動に出ることは殆ど無いですから」

「そうか?」

「はい。それに彼の人を見る目はとても鋭いですよ。タワシ君に認められるって言うことはとても貴重なことですよ」デイ子は言った。

その映像から現実に戻った瞬間の私は電車の進行方向左側のドアの方を向いて立っていた。ドアのガラスに私と左後方に座る顔の脂ぎった中年が私の後ろの上方を見ている。心臓が高鳴っていた。腹がたったのでガラスを媒体として男を凝視した。目が合った。目が合うとすぐに私は視線の方向を変え、彼を見ないように装い、視界の端で彼の動きに注意していた。また、先の映像に身をおいている間に私は何をしていたのかということが分からなくなりとても不安になった。目が覚めると交差点の真ん中に敷いてある布団の上であった、という程のものではないが、数分前と現在が分断されていて繋がりがわからない、正確に言うと繋がりを実感できずにいた。記憶を振り返ってみてもその不安は取り除くことができなかった。仕方がないのでその不安はそのままに、再び先から頭の何処かにあった別の不安、中年男の挙動に対する不安がやってきた。ドアが開く前に赤いかさを持ったベージュの女がドアの向こうのプラットフォームにいることを認めた刹那私は反対側のドアの方へ移動した。

数駅を越した。

電車が急にスピードを緩めた為に私の横に立っていた本を読んでいたサラリーマンがよろけて私に接近した。私は胸のあたりに空気を投げつけられた感覚の後、体の内奥が熱くなりそして体の上半身の表面から汗が噴き出るのがわかった。

サラリーマンは私に当たっただろうか?

また大きな不安が私の中に生じてきてしまった。

先の時間の流れの断裂、中年男の挙動、の不安が相対的にどうでもいいことのように思われてきた。そして今私の支配しているのはサラリーマンが私に当たってはいないであろう事実に実感が持てないことからくる大きな不安であった。

先の不安は消えてなくなってしまったのだろうか。あるいは毎日の不安の集積は私の中に存在し続けるのだろうか。わからない。

理性とは別の部分で私は反応している気がした。理性では分かっているような気がする。確信は持てないがそんな気がする。しかしその理性の判断を私は信頼できずにいる。

こんな風になって1年以上が経った。

いつまで続くかわからない。死ぬまで続くのか、いつかは無くなるのか、質が変わっていくのか。

「これは病気なのか?ならば病気の定義を教えてくれよ。実生活が送れなくなってしまったらそれは病気なのか。まず病気の定義をしてくれ。嘘ばかりついて患者からお金を巻き上げやがって。精神科などに行ったって仮にこの症状が病気だとしてこの病気が治るはずはないんだから。そもそも病気だと私は認めていないがな。あれは多くの人間を制御、統制するための手段のひとつとも言える。そして精神科の言うことは製薬会社が経済的利潤を追求するための嘘なんだ」

風呂から出たハダカの私はそう声に出して気持よく弁じた。声にならない言葉を発する何者かに対して答えている風でもあり、幾人かの聴衆の前で演説している風でもあった。そして私は、精神科は私の今のような行動を見たら病気だと決めるだろう、と思った。それは幻聴ですよ、そう診断するアホ面が目に浮かんだ。

「違うんだよ、君。私ははじめからこうなんだから。ずっと前からこうなんだから。統合失調症ではないよ。おそらく医学部の教科書に記述されていることがらを盲目的に受け入れお勉強してきたお利口さんにはわからないだろう。統合失調症など存在しない。ビューティフル・マインドかい?あれはいい映画だった。すごく泣けたよ。それとは別にしてハリウッド映画で統合失調症をテーマにして映画を作った意味を考えてみてくれ。病気って何なのだ。私にはわからない。精神科に行ったからって治るのかい?じゃあ治るってどういうことなのか説明してくれよ。脳の働きを抑えて感覚を鈍くして不安を取り除かれた状態にするのが治るっていう意味かい?だとしたら薬を飲まなくなったら元通りじゃないか。それに一度脳の複雑な機構に作用する薬を服用したらもとには戻らないかもしれない。脳は不可逆な臓器というじゃないか。薬を服用したらはじめの症状とはまた質を変えた新たな症状が生じて手に負えなくなり、人間の抜け殻ができるのではないのか。ただ今私は毎日が辛い。それは認めよう。だからといって辛さの解消を精神科に求めるのは間違った行為だよ。それは逃げ、だ。そして逃げたら一生逃げ続けなくてはならなくて、逃げている間にバターになってしまうんだから。そしてバターになった自分に気付かずにバターがただそこにあるだけ、ということになるのかもしれないよ」

とはじめの勢いは失せ、終いには低いぼそぼそとした声が部屋の中に変な響き方をして耳に入った。

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