しね

歩く。私は怖い。私は怖い。死にたい。あるいは、ブッ殺してやりたい。その対象はわからない。自分の予期しないすべての事柄が怖い。風が吹き、何か顔の表面をティッシュが触れたような感覚があると、あたりを見渡してしまう。私の周りに人が居ないかどうかを確かめるために。居るわけがないと理性の自分が言う。お前のことを監視している組織、あるいは個人がいると、音声ではない、自明の事実として私の中に放ってくる。もはや理性の私は私の中の隅っこで縮こまってしまっているようだ。ただ、私を殺そうとしているのではないようだ。私もはじめはそう思った。誰かが殺し屋、興信所の様なものを雇い、誰かが組織的に私につきまとっていると。だけど殺し屋が活動を初めて、あまりにも長い時が経ているので、私を殺すという目的ではなさそうだ。

あたりを見渡しても確かに人は居ないようだ。しかし、焦点の合っていない視野に女性がいる。ビックリして反射的にそちらへ視線を向けるとそれは女性ではなく、遠くの木の幹と枝が形作る影に過ぎない。あたりを見渡す中、焦点の周りの朧気な映像には沢山の人が居る。しかし私が焦点をそちらへ定めた刹那それらは消えてしまう。わかっている。それはただの幻影にすぎないと。しかし人の幻影を見、怖くなりまた辺りを見渡してしまう。この恐怖の前には私は理性を失ってしまう。阿呆のようだ。誰かに体を操作されているかのような気分。常に恐怖に浸かり続けているせいで、これが私の生活の普通になってしまった。恒常的な胸の苦しみはもはやそれに麻痺した私にとっては何でもない。それにもかかわらず毎日、恐怖と不安がことある毎に私を襲い、私の体中の皮膚から汗が滲み、熱くなる。忘れてしまう。私は色々なこと、前とは異なること、それを忘れてしまいそうだ。少しずつ私が変わっていって、昔の私は少しずつ侵されていってしまうのではないだろうか?これからはこまめに日記をかこう。そして変わりつつある自分を書き留めよう。

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