寒い深夜

駅前の路上にアジア系の淫売婦のようなバケモノが携帯で話しながら、過ぎ行こうとする私に向かって来たので後ろに少し退いた。にもかかわらず更に私の方へ訳の分からない下品な言語を喋りながら近づいてきたので私は路上に面した牛丼屋に食いたくもないのに入ろうと振り返り、自動ドアのボタンを押した。自動ドアがあくまでの間、私が牛丼屋の方へ振り返る瞬間に淫売婦は諦めの微笑を浮かべていたことを反芻した。そして淫売婦は相変わらず訳の分からない言語で何かを喋っていた。そしてドアが開き、私は店に急いで、しかし慎重に入った。

店の向こうを見るとやはり深夜3時にこの店に入るのは初めてであった私は見知らぬ太った顔のくろい店員が手持ち無沙汰で調理場に居るのを認め、そして私は券売機の前で時計の長さで言えば7秒かそこらの時間の、私にとってはなかなかに長く感じられた間の記憶を「牛丼野菜セット」という券売機のボタンを見ながら整理していた。また、おそらく店の前の暖簾が頭の上に自動ドアが開くまでの間触れ続けていた為に頭に暖簾の感触があったのを、頭の感触か、あるいは顔か体のそれか確信が持てず不安になり、またこのようなまでに私を狼狽させ疲弊させたあの糞淫売婦に対しても怒りが湧いてでた。

私は「牛丼野菜セット」という文字を凝視するのをやめ、店の外へと飛び出した。注文もせず店を出た私に対し、ありがとうございました、というだらけた声が背中に付着した。

淫売婦はまだ携帯で誰かと話しているようであった。雑居ビルの方を向いていた。私はその横を、今度近づいてきたらぶち殺してやるという思いで大股で行き過ぎた。

タクシーのジジイは私の言った目的地がわからずに私が道を案内しながら進んでいた。声が高くかすれていて、しゃべりからは愚が感じられた。有名な駅の行き方も知らぬ大馬鹿者である。途中で私は腹が減ったと思い駅前で降ろしてもらうことを思いついたのだった。

あの糞爺がもし私の案内なしにスムーズに私を家まで運んでくれればこのような目には合わずに済んだのかもしれないと思うと糞爺には怒りは湧いてこなかったが、今日はあまりいい日ではなかったという気がしてきた。腹は減っていても家まで直進し、そのまま就寝していたはずの自分を想像すると、その自分が羨ましく、懐かしく思った。

私は振り返り振り返り歩いた。

淫売婦は牛丼屋前をウロウロしていた。私は女を数回睨んだ。

家に着くと、私は買ってきたミニトマト1パック全てとハーゲンダッツストロベリーを食べた。そして先から常に私の中にある不安の中、それから逃げるようにインターネットのニコ生を視聴し、コメントを沢山打った。

風呂から出ると外は明るみ始めていた。明日になれば毎日の不安は消えていることが多いが、今日の不安は多分明日になっても消えないだろうと思った。電機を消すとカーテンの間から藍色の空が覗いた。コーラを飲んだ後のような不快感が体全体を覆っていた。

冷たい布団を感じ、私は寝た。

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松坂牛を黒こげにして食べていた小学生

約一年ぶりに再会した知人の幾人かに痩せたかと問われた。先日の健康診断で確かに2キロ落ちていたから彼らの指摘は外れていなかった。その場は冗談の面で覆った楽しげな会話で終始した。しかし、毎日少しずつ変わっていった私の変貌を一年前のそれと単純に比較できた彼らの目は、私に何か病的なものを見出したのではあるまいかと、疑った。
新宿の歌舞伎町で友人たちと並んで歩いている内、キャッチに話しかけられた折に、相手を馬鹿にした態度で応対し、友人たちをヒヤヒヤさせたことがあったが、私は全く恐怖を感じていなかった。今では恐ろしくて話しかけられただけでも逃げ出してしまうだろう。
また、満員電車の中で無言で人を押しのけるジジイに向って押すなと絡んだのも一年以上前の私だった。もし反撃されたらどうするのだという今の私の中に当然に浮かぶ心配は当時の私には全く無かった。
その時分と今の間に私を変えてしまうような事件が特に発生したということは無い。しかしなぜ私の目には明らかな様に変わってしまったのだろう。
私は元来神経質な人間なのだと今、認めることができる。母親に何となく言われたその言葉を私は嫌った。神経質と言われるのが嫌で、わざと大雑把な振る舞いをしたり、小さなことは気にしない風を装ったりした。だが装ったとて本質が変わるわけもなくただ自分を、周りを騙していたにすぎなかった。
この年になり自分をまた違った風に見られる様になり、その私の元来の性質の一つは認めるに至った。
中学生の時分に、風が吹いて、せっかく整えた髪が滅茶苦茶になった後、風に対して暴言を吐いたという話を友人にして笑い合ったあの記憶も根の部分は変わっていないことを私に突きつけてき、ゾッとする。
神経の鋭敏さが最近はずっと鋭い状態が続いているだけなのだろうか?
ただただ嵐が過ぎ行くのを待つごとく日々を静かに過ごす他無いのだろうか?

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スパゲッティ屋のレゲエ女

スパゲッティ屋、Fに昼を食べほぼ毎日通っている。大してうまくもないが混んでいないし、背後に誰もいなく、かつ料理は前から置かれるので気が滅入らずにすむ。私はカウンター式の席で背後が通路であるのがあまり好きでなく、それも料理が後ろから置かれるのがとても我慢できない。
レゲエ女は納豆のような粘っこい口調と声色でもって客である俺様に応対する。彼女が料理を持ってきた時、俺様はiPhoneを弄っていたので、お待たせいたしましたという納豆とともに料理が不審な躊躇の混じった動きを伴ってにゅう、と出てきた時に少しばかりの言いようのない怒りが湧いてしまった。カルボナーラ、でよろし、かったでしょうか?、という俺を不必要に不安定にさせるような口調で爆発ヘッドをのっけたあほヅラで追い討ちをかけてきた時には、はい、という返答と、彼女に対する侮蔑と怒りを含んだ一瞥をくれてやった。
間がおかしい。俺を不必要に不安定にする間。やめろ。
なぜ客にたいし、まるで老人ホームの老人に語りかけるような不自然に大きな間延びした口調で応対するのか。
また或る日、食べ終わり店を出ようとするおり、たまたま目の前を歩いていたレゲエは
わざわざ立ち止まり俺のためにドアを開けてくれた。
俺は怖く、彼女が仮に親切心でやったとしてもそれは俺にとっては精神をかき乱される種子以外のなにものでもなかった。

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10円 500円

ファミリーマート、レジで会計時におつりを手渡され、手元が狂って10円をおとしてしまった。私は悩まなかった。落ちた10円はそのままに私は外へ飛び出した。しゃがめないのだ。いつしかそうなっていた。しゃがんだら誰かが僕の顔を蹴飛ばすのではないかという不安が僕をしゃがめなくした。どこかではそんなことあるわけないと思っている自分がいて、前までは彼が私だったのだろう。しかし今ではまたどこかで不安に怯えた他人がいて、今ではどちらが主なのかがわからずに、また前者が本来の自分であると仮定するならば後者が私を侵食し、混沌とした状態にあるのが私の内だろう。わたしはそんな現状につばを吐きかけるかのようにさっそうとコンビニを飛び出した。

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怖い日日

恐ろしい。怖い。八方塞がり。みんな来ないで。私に近づかないで。お願いします。理性はある。しかし私の中の理性の占める割合がとても低くなり続けている。相対的に、理性ではない、理性とは呼べない何かの割合が増して、それらが私の体を操作する。それになんていう名前がついているのだろう?それになんという名前を与えるべきだろう?不安の液体に体中浸かっている。前のように緻密に文章を書くことができなくなっているような気がする。怖い。ただ私の脳の中は散らかっている。死にたい。心のなかをありのままに書きます。構成など考えません。構成なんて今の僕にとって何の意味もなさない。意味を成す、なさないの問題じゃない。ただ、ナンセンスです。

怖い。本を読んでいて、何かの拍子に左の指が滑ってたくさんのページが一気にバネのようにはじき出されて、それが唇に触れた瞬間に私はもう、恐怖と不安で苦しくなります。体中から汗が滲むのが感じられます。熱い。背もたれに寄りかかると背中の汗の熱さに驚きます。運動をしていないのにこんなに汗をかくということがあるのだと、思います。私は出来るなら外に出たくありません。ただ、歩かなければ血の巡りが悪くなりますし、筋肉も衰えますし、結局のところ体を害することにつながります。私はそれに対しても恐怖します。だからかろうじて完全なひきこもりには私は未だならずに済んでいます。

公園の話をしまショウ。公園の話。

私は散歩のために公園にいきました。この前は雨だったから人が殆どいませんでした。屋根のあるところで下手くそな歌をギターを鳴らしながら歌っている若造がいました。あと傘をさして歩く人も幾人か見受けられました。しかし道も広いし、人も殆ど居ないので、とても快適でした。湿った冷たくもなく、暑くもない空気が心地よかったです。

また、違う日に同じ公園に行きました。その日は晴れでした。

人がたくさんいました。不細工なカップルがベンチで抱き合っていました。昭和の服を着ていました。子供連れの若い親父もいました。また別の子連れの若い親父とそのガキが公園の出口のところで野球をしていました。私は嫌な予感がしたので離れながら公園を出ました。しばらく公園の周りの人通りの少ない住宅街を歩きました。太陽が団地と団地の広い空間から直接に私を射ました。団地の棟と棟の間のコンクリートは何か気の遠くなるような暑い幼少の頃の夕暮れを想起させます。コンクリートの僅かな隙間からは雑草が少し生えています。夏は相当熱くなるであろう場所でした。その日もその場所に立つと汗ばみました。風も強く吹いていました。辺りはオレンジでした。それからまた来た道を戻るためまた公園の入口の方へ歩いて行きました。人が殆ど通らない路地なのに、人が私の方へ近づいていくるととても腹が立ちます。太陽の光がまぶしいのか、目を細めながら近づいてくるファイルを持った大学生のような小太り男がこちらへ向かって来ました。その表情にとても腹がたった。そんなアホづらであるいてるんじゃねぇ。そう思いました。その間に自転車が2台ほど男とは反対の方向からやって来ました。これで少し私はパニックになりました。ああどうしよう、前に行ったり後ろに行ったりして、結局公園の方へ進みました。自転車が私の体からできるだけ離れるように手を大きく広げて、しかしわざと広げているようには見えない具合に広げて、自転車をやりすごしました。するとまた再び公園の入口の前にいる私の前から老人が緩慢に歩いて来ました。後ろにはアホづら大学生。そして左には野球をしている親父と少年。ああ、嫌な予感がしました。私の体の感覚は鋭敏になっていました。老人は後ろに去りました。すると左ななめ前で少年がバットをスイングするのが横目に見えました。空振りしろよ、と私は願いました。しかし、パンっ、と固めのゴムボールがプラスティックのバットに当たる音がして、何かに一回ぶつかってから後に私の1メートル程前にボールが横切り、民家の壁にペタ、とぶつかり道を転がしました。私の全身からは汗が吹き出ていました。私は足早にそこを去りました。なんで嫌な予感はいつも当たるのだろう?私はボールがとんできたこと、それ自体にも恐怖しましたが、私の嫌な予感があたったことにも恐怖しました。と同時に、冗談抜きで本当に私に嫌がらせをみなしているのでは無いか、とも思ってしまいました。嫌な予感はすぐ当たるのです。恐ろしいぐらいに。予感がはずれてくれと、いつも願っています。だけど僕の予感はいつも当たります。怖いです。しかもよりによってなんで、ここでボールが飛んできたら嫌だなあと、思っているその時に、ボールが飛んでくるのだろうか?私はとても腹が立ちました。私をこんな目に合わせている何者かに対してです。家に帰って、その時の記憶を何回も確認して、私にあたっていないかどうかを確かめました。まるで、ビデオを何度も巻き戻して見るみたいに。

そんな毎日です。私は細心の注意を払って道を歩いています。

また違う機会に続きは書きます。

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しね

歩く。私は怖い。私は怖い。死にたい。あるいは、ブッ殺してやりたい。その対象はわからない。自分の予期しないすべての事柄が怖い。風が吹き、何か顔の表面をティッシュが触れたような感覚があると、あたりを見渡してしまう。私の周りに人が居ないかどうかを確かめるために。居るわけがないと理性の自分が言う。お前のことを監視している組織、あるいは個人がいると、音声ではない、自明の事実として私の中に放ってくる。もはや理性の私は私の中の隅っこで縮こまってしまっているようだ。ただ、私を殺そうとしているのではないようだ。私もはじめはそう思った。誰かが殺し屋、興信所の様なものを雇い、誰かが組織的に私につきまとっていると。だけど殺し屋が活動を初めて、あまりにも長い時が経ているので、私を殺すという目的ではなさそうだ。

あたりを見渡しても確かに人は居ないようだ。しかし、焦点の合っていない視野に女性がいる。ビックリして反射的にそちらへ視線を向けるとそれは女性ではなく、遠くの木の幹と枝が形作る影に過ぎない。あたりを見渡す中、焦点の周りの朧気な映像には沢山の人が居る。しかし私が焦点をそちらへ定めた刹那それらは消えてしまう。わかっている。それはただの幻影にすぎないと。しかし人の幻影を見、怖くなりまた辺りを見渡してしまう。この恐怖の前には私は理性を失ってしまう。阿呆のようだ。誰かに体を操作されているかのような気分。常に恐怖に浸かり続けているせいで、これが私の生活の普通になってしまった。恒常的な胸の苦しみはもはやそれに麻痺した私にとっては何でもない。それにもかかわらず毎日、恐怖と不安がことある毎に私を襲い、私の体中の皮膚から汗が滲み、熱くなる。忘れてしまう。私は色々なこと、前とは異なること、それを忘れてしまいそうだ。少しずつ私が変わっていって、昔の私は少しずつ侵されていってしまうのではないだろうか?これからはこまめに日記をかこう。そして変わりつつある自分を書き留めよう。

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ゴキブリ上司

最近はブログに載せる用の記事を書いている隙がない。でもブログもたまには更新したい。だから記事書きました。

ゴキブリ上司

どうせ、Gにとり迎合の対象である課長に耳打ちでもされたのであろう、彼は私を飯に 誘ってきた。

彼は以前から私のことが嫌いであったであろうことが私には感じられた。私のことを避けていることもわかった。そんな彼が自分から進んで私を食事に誘うわけがないのだ。上からの命令には忠実に従う下劣なGの姿が容易に想像でき、私はあまりにも人間として薄っぺらいそのGの振る舞いを見、私は彼と接近することは絶対に嫌だ、なるべくなら仕事上でも関わりたくないとさえ思ってしまった。

私は社交辞令な文面のメールを送った。来週に行くことになってしまった。憂鬱である。私はGと飯など食いたくない。休憩時間という勤務時間以外の時間にお前と関わりになりたくない。

人間としてGのことを信用出来ない。彼はとても心が汚く、卑しい人間である。もし私の上司でなかったのなら、絶対に関わり合いにはならない人間だ。

彼の言動のすべてが気持ち悪い。生理的に受け付けない。こいつにも妻子がいるそうだが、こんな男のどこに惹かれる要素があるのか不思議でたまらない。もしあるとするならば、少しばかりの金を持っているということだけだろう。

お前の発する言葉の一つ一つが俺の癪に障る。ぶち殺してやろうか、と思ったこともある。

気持ちが悪すぎる。ここにいる人間、間違った歪んだ価値観の下でそれが正しいと思って疑わずに勤務しているこの人間。彼らが発する体臭は執務室の空気を淀ませ、私はとても息苦しく感じるに至る。

間違った空気だ。それは正しくない状態だ。

私は、なるべく彼らとは関わり合わずにいたい。必要最小限の仕事上のこと以外は話さない。業後の飲み会など絶対に行かない。気持ちが悪い。早く死ねばいいと思う。

一週間後がその日だった。私はその日が近づくに連れ、気が滅入ってきた。これほどまでに嫌なことはそうそう無いことだった。

いくらかような状態に対して強い嫌悪感と拒否感を抱き続けているとはいえ、ずっとそこにいれば自分の気づかぬうちに私自身が少しずつそのどす黒い煙幕に侵食されていき、その毎日の微小な変化の積み重ねの果てにはすっかり間違った状態に変わってしまった自分自身の姿の可能性を想像するに至り、私はとても怖くなった。また、私には彼が私の食器の中に私が気づかないように毒を盛るのではないか、という疑念も私の中にはあった。その毒は私の容姿をひどく損なわせるものであるかもしれないし、あるいは思考を鈍らせ、彼らの言うことを盲目的に鵜呑みにさせるものであるかもしれない、と私は想像するうちに絶対にその食事会には行くまいと固く決心したのだった。

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